ニキビ肌の私が気づいた人生訓

どんなに美肌の方でも、お肌の悩みというのは美意識高めの日本女子にはあると思います。http://www.leptitbourg.com/

お肌綺麗ですねと褒めると「いえいえ、見えなくなるように隠してるんですよー」だとか、「でも乾燥がひどくて…」といったように。

お肌の悩みというのはつき詰めるときりがなく、果てしなく追い続けてしまいます。

人間の美しさとは外面ではなく、内面よなんて慰めの言葉も、こうなると詭弁にしか聞こえません。内面の一番外側は外面、服とか顔だろーが!服は脱げるけど、肌は?と逆ギレすれしてしまうくらいに追い詰められてしまうことも。

私の場合はニキビです。

ニキビというと、思春期の多感な時期にでき始め…といったイメージが強いですが、私は7歳くらいから顔中に出現しました。

思春期であれば、「まあ、皆できてるしな」と少しは仲間意識?に助けられるようなこともあったかもしれません。しかし、7歳という年齢でニキビがある子供は周りには一人もいなかったので、それはもう辛かったです。周りの皆はおそらく人生で一番美肌の時期。みーんながツルツルの肌の中、一人ブツブツなのです。その悲しさったら。

そもそも自分の顔に突如出現したこのブツブツがニキビだという認識もなかったですし、(何ならニキビの存在すら知らなかった)ので、どうしたらいいのか皆目見当もつかず、ただただ増えていくニキビに日々怯えていました。日常的にからかわれ、傷つくのは当たり前として、子供心に忘れられない出来事がありました。それは祖母の家に遊びに行ったときでした。祖母の家の仏壇にお経をあげに来て下さったお坊様が、私の顔を見るなり「可哀そうに…」と手を合わせられたのです。

私はお坊様から憐れまれるほど、可哀そうな肌をしているんだ…と、今でも心をミシミシ締め付ける辛い体験でした。

肌の悩みというのは時には心を蝕みます。私はそれからずっとずっと、何をしても「でも顔ブツブツだもんな」と考えたり、「顔ブツブツだから○○できない」と後ろ向きな考えに囚われました。鏡に映った自分を見るのが嫌で、洋服の試着もできず、ツヤツヤに磨かれたデパートの柱なども恐怖の対象でした。

ニキビに効くと言われるものはたくさん試しましたが、劇的な効果は見られず。きっと私は前世でニキビの神様を怒らせたんや…と半ば諦めていました。ニキビだらけの自分も、ニキビを理由にふさぎ込んでいる自分も、とても嫌でした。

もういい加減ニキビに悩むのにも疲れ、飽きたのでしょうか。肌はきれいじゃないけど、せめて精神は健やかであろう。と思い直したのです。そして、尊敬する先生に自分の容姿が嫌いで、何をするにもネガティブに考えてしまうと相談したとき、「自分の身体が自分の物だと思うから、そういう風に考えるんだよ。あなたの身体は、神様から頂いた物なんだよ。人から貰ったものにケチをつけようなんて、思わないでしょ?五体満足で素晴らしい身体をプレゼントされているのに、そんな風に考えるのはもったいないよ」と言われたとき、ごちゃごちゃ考えていた何もかもがストンと落ちた気がしました。頂いたものに文句を言うなんてどんだけ傲慢なの?それに自分のものじゃないなら、思い通りにならなくてもしょうがないわ。と。

後ろ向きな諦めとはまた違った、静かな受け入れができたのだと思います。それから私のニキビは嘘のようにひいていきました。

ちょうどこの時期にホルモンバランスが整ったのかもしれないし、何が良く作用したのか、今でははっきりわかりませんが、静かに自分のことを受け入れられたことが大きかったのではないかと思います。

お坊様の辛い体験も、優しい友人が「きっと、お坊様のお祈りがやっと届いて、今はお肌が綺麗になったのよ」と言ってくれ、昇華することができました。

やはり人間の美しさは外面ではなく内面だけれども、外面は少なからず、内面を表すのだと私は信じています。お肌のことで悩んでいる方は、全てポジティブに捉えることはできなくても、自分だけでも自分のことを「それでいいんだよ」って認めてあげて下さい。